数珠の歴史

道元の数珠
(禅師さまは、結局どうされたいのだろうか)
娘は少し困惑していました。部屋を隔てて道元禅師はなかなか本題を切り出さず、すでに一刻が過ぎようとしている。
四天王寺あたりの数珠屋の娘に、道元の弟子と名乗る出家が訪れたのは夏も終わりに近づいた頃。
「私は深草から参りました道元の弟子でございます」
「道元様、今評判になっている禅師様でございますか?」
「なんとまあ、お耳の早い。どこでお聞きになられましたか」
「都でございます」
「そうでございますか。今日参りましたのは、禅師様が数珠のことで御相談されたいとのことで。都に来られることがございましたら深草にお立ち寄りいただけませんでしょうか」
「もちろんでございます」
道元は「禅師」としてその名前を弘めつつあった。
数珠屋の娘は源頼朝の妻である北条政子の数珠を作ったことがあります。
https://www.nenju.co.jp/news/5858/
北条政子は鎌倉・寿福寺に自ら発願造立させた十六羅漢を納めていますが(1200)、その十六羅漢の開眼供養の導師は栄西禅師(1141〜1215)でした。栄西禅師は禅を日本に弘めた人として知られていますが、栄西の弟子明全(1184〜1225)は道元を伴い入宋しました。
道元は天童山景徳寺(今の浙江省寧波市)の天童如浄で参禅修行、如浄の「身心脱落」の言葉により悟りを得ました。
数珠屋の娘は栄西禅師の弟子である明全から道元のことをすでに聞きおよんでいました。「凄い若者が、私の下に入門してきた」と。道元は七歳で「春秋左氏伝」、十歳で「阿弥達磨倶舎論」を読み、その内容を完全に自分のものにしたという神童でした。同時代の、つまり鎌倉時代の仏教祖師の中では、仏典漢籍に対して理解、自ら表現する力はずば抜けており、誰も並ぶことができないほどでした。
その道元が宋から戻り、京都深草(今の京都市伏見区)に興聖寺を開いたのは1233年のこと。そして今、興聖寺で数珠屋の娘を部屋の向こうに観ていました。
(さて、困った、この切れた数珠のことをどのように説明すればよいのだろうか)
屈輪文の入った合子に実は水晶の数珠が入っています。
数珠屋の娘の困惑は、道元が「禅での数珠」ということを繰り返し説明にありました。
「禅堂の規則を作られた百丈懐海禅師(※)は、数珠は禅の修行僧が持つべきであると言われる一方、数珠は華美になることで人に見せびらかすものになるから注意せよ、禅堂では数珠を弄んではいけないとも言われている」
道元と娘の間には沈黙が流れました。
道元が口を開きます。
「娘よ、こちらに寄りなさい」
娘が側まで寄ると屈輪文の合子を娘の前に置き、蓋を開けました。
(水晶の数珠、それもこの大きさは女性が持っていたもの)
「この数珠は私が宋に居るときに出家への供養として頂いたものだ」
「そうでございますか」
「この数珠を私と思って日本にお帰りくださいと」
娘は全てを悟り、その時の光景を思い浮かべました。
「折に触れてこの数珠を見るのだが、何故か切れてしまった。何かあったのだろうか」
「大丈夫でございます。贈られた方の気持ちが、改めて紐に宿り、禅師様に私のことをお忘れにならないようにと」
道元は目を閉じ、黙しました。
「禅師様、承知いたしました。この数珠は私が持ち帰り、切れた紐を直して参ります」
道元は眼を開けると、少し微笑みました。まさに拈華微笑の微笑みでした。(了)
※この物語はフィクションです。
解説
※百丈懐海(749〜814) 唐代の禅僧 「一日作さざれば一日食らわず」の禅語で知られています。禅堂の規律『百丈清規』は今に至る禅堂の規則として伝わります。
『百丈清規』には出家が持つ僧具として以下のものを挙げています。
「衣坐具偏衫裙直裰鉢錫杖主杖拂子數珠淨瓶濾水嚢戒刀」
衣・坐具・偏衫(へんさん)・直裰(じきえつ)・錫杖・主杖・払子・数珠・淨瓶・濾水嚢・戒刀の11種類で、数珠もここに含まれます。つまり、7世紀には禅僧は数珠を持つことが定められていたことになります。
『百丈清規』では数珠について「牟尼曼陀羅經」では梵語で「鉢塞莫(はそま)」呼ばれるとも紹介されています。ここで言う鉢塞莫とはjapa-mālā、akṣa-mālāであり、百丈懐海は「念ための法具」とし、合わせて『木槵子経』での数珠を紹介します。
禅堂の経営と規律を細部に亘り定めた道元の『永平清規』には『百丈清規』も多く引用されますが、数珠については次のようにあります 「不得床上弄數珠作聲輕衆」つまり、禅堂において数珠をいじくりながら周りの者と群れて喋るな、ということです。また、「又持數珠而向人。是無禮也。」ともあります。直訳すれば「数珠を持って人に向き合ってはならない、これは無礼なことである」となりますが、これは禅堂で数珠を弄んではならない、ということと合わせて、仏に向き合う時にこそ数珠を持つべきだ、という意味かもしれません。数珠の持ち方として、「本来的な教え」なのかもしれません。
2026.8.20 UP DATE